
寺院巡りとは一味違うバンコクの魅力に触れるため、滞在中に敢えて3つの博物館を訪ねました。日本では見られない医学・人体の奥深い展示に深く考えさせられた後、サイアム博物館でタイの歴史から現代にいたる文化の面白さを体感しました。3日に分けてじっくり巡ったからこそ見えてきた、知的好奇心を刺激するディープで洗練された旅の記録です。今回は医学博物館をご紹介します。
【VELTRA-ベルトラ】マヒドン大学シリラート病院 シリラート医学博物館

シリラート医学博物館 – Google マップ
シリラート病院は、タイ最古の歴史を誇る公立病院であると同時に、タイの医学・医療分野で最高峰を誇る国立マヒドン大学の医学部キャンパスでもあります。
マヒドン大学の名の由来となったマヒドン親王(ラーマ9世の父)は、米ハーバード大学で公衆衛生学と医学(M.D.)を修めた本物のエリート医師だったそうです。
マヒドン親王はハーバードで最先端の医学を学びながら、アメリカのロックフェラー財団と交渉し、シリラート病院(当時の医学校)へ莫大な支援や資金・人材を引き出すことに成功しました。
帰国後は自らシリラート病院の医療水準や教育環境を世界レベルへと引き上げ生活の苦しい患者には自費で援助を行ったことから、タイ国民から「タイ現代医学・公衆衛生の父」と称えられるようになったのです。
タイの医療水準の高さの理由がわかり、納得しますね。
アクセス
地下鉄MRTブルーラインのサナームチャイ駅(Sanam Chai Station)で下車、駅の5番出口から徒歩1分のラーチニー船着き場(Rajini Pier)に行って対岸のワンラン船着き場(Wang Lang Pier, N10)行きのフェリーに乗ります。
営業時間
・営業時間 10:00ー17:30 (最終入場 16:00)
・火曜、祝日は休館




料金は40THB(約190円)10分足らずの船旅です。
途中でワットアルンにも停まるので壮大な塔を間近で見ることができて、最高のクルーズです。
風を感じながらあっという間にワンラン船着場へ到着。船を降りれば、目指すシリラート病院はもう目の前です。…目の前だと思っていたのです、この時までは。
広すぎる敷地


ワンラン市場と道路を挟んだお向かいさん、この1番ゲートから入りました。
入り口付近で学生さんらしき人にMedical Museumの道順を尋ねると「ひたすらまっすぐ行って、途中でまた違う人に聞いてみてや」との回答。
悟りました、ちょっと遠いということを。しかし想像以上に遠かったのです。

病院を通り過ぎて、

ひたすら進む。


歩いても歩いても、いろんな病院。もう100号館くらいあるんじゃないかと思うほど。
それもそのはず、マヒドン大学医学部シリラート病院 公式サイト(Faculty of Medicine Siriraj Hospital, Mahidol University)によるとシリラート病院の敷地は東京ドーム約7〜8個分(およそ34〜38万平方メートル)という桁外れのスケールだそうです。
病床数は2,000床を超え、タイ国内では最大。東南アジア全体で見ても最大級の規模を誇る医療機関であり、日本の主要な大学病院(1,000〜1,400床程度)と比べても遥かに巨大です。
単なる大きな病院というレベルを超えて、敷地内に巨大な最新病棟ビル群・医学部の大学キャンパス・複数の博物館・リサーチセンター・庭園・さらには専用の船着場やマーケットまであるのです。

ようやく近づいてきましたよ。

着きました。病院の敷地内に入って約6分でここまで到達。
1階で名前と国籍を書くと2階に案内されます。最終受付は16時です。さかのぼること5日前、ちあきの旅でおなじみの日本人女子と来た時は16時を過ぎていたので入ることができませんでした。
1時間弱で見られるんちゃいますのん…とその時は思ったのですが、とんでもない解釈違いでした。
ちなみに1階にいる守衛さんは国籍欄を見た後、こんにちは~と気さくに挨拶をしてくれました。
これから向き合うディープで衝撃的な展示に向けて覚悟を持って来たのですが、ふっと肩の力が抜けました。


2階に上がり、まさに病院のような色合いの受付に向かいます。


受付で300THB(約1450円)を支払うと、3か所の博物館にアクセスできると説明を受けました。
建物はそれぞれ別棟になっていてQRコードを読み込んで場所や内容を確認します。
確かにこれは1時間弱ではムリや、と納得しました。
入場前は緊張していましたが、このチケット左上の標本がユニークでホッとさせられました。

さて、この先は撮影禁止です。医学の発展のために自ら身を捧げられたご献体に対して、深い敬意をもって見学することが求められます。
シリラート医学博物館
受付を済ませて展示室へ進むと、最初のコーナーに並んでいたのは、先天的な疾患による標本や、人間の身体に起きてきた様々な病変の数々。そして奇形の胎児を目にすることになりました。
説明はほとんどタイ語で書かれていて、ほんの少しの英語を頼りに理解していくことになります。
さらに歩を進めると、実際の法医学検査や事件・事故・災害の記録標本が展示されています。
2004年のスマトラ沖地震津波での遺体身元確認や法医学の役割を伝える展示など、命の尊さについて深く考えさせられるエリアです。
教科書の図解やドラマのシーンではなく人間の身体の真実です。
撮影禁止の空間の中、一つひとつの展示から発せられる重みに圧倒され、ただ静かに足を止め息を呑みながら見つめることしかできませんでした。
人間という生命の神秘と儚さ。そして、いま健康でこの世に生きていることは決して当たり前ではないという厳然たる事実。
「日々を生かされていることに謙虚に感謝し、一瞬一瞬を大切に生きなさい」と、静かに訴えかけているようでした。
コンドン解剖学博物館(Congdon Anatomical Museum)


お次はコンドン解剖学博物館の見学です。ここはタイの解剖学の発展に大きく貢献したアメリカ人教授、エドガー・コンドン博士の名を冠した博物館です。
まず3階に進みます。とても雰囲気のある建物でタイ最古の医学部が誇る重厚さと荘厳さが伝わってきます。
辿り着いたその先は静かで歴史ある図書室のような雰囲気ですが、展示されているものはすべて本物の人体標本。整然と並ぶ無数の人骨標本や透明なアクリルケースの群れです。
特に圧巻なのは、全身の神経系や血管系だけを極限まで精密に抽出して広げた解剖標本です。まるで細密なレース編みのように体中に巡らされた神経の糸を目にしたとき、人間の身体がどれほど緻密かつ完璧にデザインされているのか、言葉を失うほどの凄みに圧倒されます。
さらに、人間の成長段階ごとの骨格の違いや脳の断面標本などが整然と分類されて並んでいます。
ここにあるのは純粋な学術研究としての人間の構造美と学術的凄み。医学を志す学生たちが幾度となく向き合ってきたであろう真摯な学びの場だと思いました。
🏛️ 館内・研究施設の規模
一般展示室にある標本・ご献体: 博物館内に常設展示されているご献体や解剖標本、器官・病変標本だけでも数百体規模に及びます。解剖学コーナーに並ぶ全身の神経・血管標本や骨格、法医学エリアの胎児標本や犯罪・事故の保存ご献体などが含まれます。
骨格標本(研究・教育用):併設されている「シリラート解剖人類学・骨研究センター」だけでも、年齢・性別・死因などが詳細に記録された完全な人骨標本セットが500体以上保管・管理されています。
医学部全体での年間ご献体受け入れ:マヒドン大学シリラート病院は100年以上にわたりタイの医学教育のための献体を受け入れており、毎年多くの市民からのご献体登録(タイ語で「アチャーン・ヤイ=偉大な先生」と呼ばれます)によって、医学教育や研究が支えられています

ホッと一息


シリラート病院の規模は地図からもうかがえますね。この規模では敷地外に出るのも大変です。
そのためフードコートや美容院、テニスコートやジムなどもあります。





世界的評価

米国のニュース週刊誌『Newsweek』と国際調査会社Statistaによる世界病院ランキング「World’s Best Hospitals」に選出されています。医療ツーリズムの先進国として世界中から患者が集まるタイにおいて、この評価を獲得していることはまさに名実ともに世界基準の証。
シリラート・ビムックスタン博物館(Siriraj Bimuksthan Museum)

重厚な法医学・解剖学博物館のあとは川沿いにあるシリラート・ビムックスタン博物館へ向かいます。
おや?ここは何だか明るい雰囲気がします。
それもそのはず、ビムックスタン博物館はもともとタイ国鉄の起点だった旧バンコクノーイ駅の跡地に建てられた場所だそうです。
2003年に病院へ土地が譲渡された際かつての歴史ある駅舎デザインや遺構を活かしてリノベーションされており、敷地内にはかつて列車が走っていた時代の面影が今も大切に残されています。



館内へ進むとタイの伝統医学や生薬の歴史を紹介するエリアが待っていました。壁一面にずらりと並ぶレトロな木製の薬棚、薬をすり潰す道具や天秤、そして無数の漢方や植物・生薬の標本が展示されていました。



人が自然の恵みを使い、知恵を絞って病と闘ってきた温かい歴史に触れ、解剖学の生命の構造とはまた違った角度から命を守る営みを感じることができる、とても味わい深い空間でした。
街中でよく見かけるヤードム(リップスティック型のハーブ吸引)やスパのハーバルボールなど、タイで今もハーブを使った製品が生活に深く根付いている理由が、この歴史に触れて心からうなずけました。


タイの伝統医学において身体だけでなく心がいかに不可欠な要素として扱われてきたかを示すパネルがありました。そこに書かれていたのは、タイ仏教の知恵に基づく「Cittānāmaya(チッターナーマヤ=健やかな心)」という教えです。
「人間は皆、心が主人であり身体が奴隷(従者)です。人の心は行動、言語、振る舞いをコントロールするため身体と同じように心を育み、鍛えることが健康の根幹です」と書いてあります。
慈愛や誠実さといった心の資質、忍耐や集中といった心の能力、そして快活さや幸福感といった心の健やかさ。これらをマインドフルネス(呼吸や身体の動きに意識を向けること)によって整えていくという考え方です。
ミニシアター(映像展示室)はおすすめ
ビムックスタン博物館の1階には高精細な映像を投影するミニシアター(映像展示室)があります。ここで上映される映像では、以下の歴史が臨場感たっぷりに紹介されています。
- 旧バンコクノーイ駅と歴史: 太平洋戦争中の爆撃(旧日本軍の拠点であったため)の歴史や、地域の人々との関わり
- シリラート病院の起源: タイ初の近代病院・医学部として誕生した経緯や、皇室との深い繋がり
- チャオプラヤー川と人々の暮らし: かつて水上交通の要所だったこのエリアの歴史
お魚の親子が過去に遡って紹介してくれる、何とも愛らしくてかわいく分かりやすいストーリーでした。
最後はカフェで一息




Flat White 60THB(約280円)お水とともに店員さんが運んでくれました。
コーヒーを飲みながら博物館で学んだことを反芻します。
特に印象に残った言葉が、「ケガや病気になったとき、絶望する人とそうでない人がいる。悲観的になりすぎない人には特徴があって、幸せなことを考えられること。今現在幸せでなくても、幸せな思い出をたくさん持っている人はそのことを思い出して今後の活力にするのです。」
人生の中で心や身体が傷ついたとき自分を救ってくれるのは、日々の温かい思い出や前を向く心ならこれからも楽しく意味のある旅を、壮大な人生の旅をして知識を広げていこうと誓いました。

広大な敷地にある庭に駅跡地らしく汽車がありました。

数日前はタイ全土が大洪水だったので、排水に勢いがぱない。
チュラロンコン大学歯学部 Museum of Human Body(人体博物館)

バンコクの超一等地にあるチュラロンコン大学。その広大な緑のキャンパス内にひっそりと佇む人体博物館をご存じですか?かつて世界を揺るがした巡回展から移管されたという背景があります。
シリラート病院とは一味違う、知られざるディープな知の空間へご案内します。
チュラロンコン大学



チュラロンコン大学はタイで最も歴史が古く最高峰とされる国立の総合大学です。ずばりタイの東大。
MBKのあるサイアムエリアというバンコクの一等地に東京ドーム約22個分もの緑豊かなキャンパスを構え、学術・研究の拠点として数多くのエリートを輩出しています。
文系、理系、工学、経済、法学、医学部(チュラロンコン王病院)など、ほとんどの主要学部がここに集結しているため、総敷地面積が100万平方メートルという広大すぎるキャンパスなのです。
アクセス
建物: 歯学部(Faculty of Dentistry)のビル内
(正式名称:Chalerm Nawamaraj 80th Anniversary Dental Buildingの9階)
最寄り駅:BTSサイアム駅(Siam)から徒歩約5〜10分(サイアムパラゴン側のキャンパスに近い)
営業時間
- 月曜日・金曜日: 9:00〜16:00
- 水曜日: 9:00〜12:00(午前のみ)
- 休館日: 火曜日、木曜日、土曜日、日曜日、タイの祝日
- 入場料: 無料
一般の博物館と異なり、大学の教育・研究施設という性質上、火曜日・木曜日が休みで水曜日は午前中のみ。
広すぎる敷地

私は路線バスでアソークのTimes Squareから乗ってChulalongkorn Universityで降りました。
降りたらそこはチュラロンコン大学。博物館もすぐそこっしょ、と思っていたのです。学生に聞くまでは。
これ何かのデジャブですか?いつかの記憶…。
男子学生に「So far…」と言われ、何分かかるかと聞くと約20分との回答。
そんなことありますのん、同じキャンパスやろがい。
単純に方角を聞いたつもりがここから始まる長丁場の道のりを覚悟してそっとGoogleMapを開きました。
ごーごるは22分と宣告してきましたよ。
時すでに15時を過ぎています。16時閉館で何時が最終受付かわかりません。もう、ここからは競歩。


途中の給水所。しかし寄っている時間はありません。
改めて見ると本当に広大で緑豊かなキャンパスです。歴史的な風格を感じさせる建物が並び、どこか懐かしく居心地の良いアカデミックな雰囲気が漂っていました。
私ももう一度大学に、できれば大学院に通って学位を取れたらなぁという思いが鮮明に浮かびあがって来ました。
そのためにはIELTSのスコアと、学費と…と頭をよぎります。この気品あるキャンパスは大人の学び心を強力に刺激する特別な魅力がありました


Museum of Human Body



やっと近づいてきました。これは本当にサイアム駅から近い場所でした。
このフラッグによるとチュラ大の歯学部は世界的な大学評価機関「QS世界大学分野別ランキング」の歯学(Dentistry)分野において世界32位でタイで1位でアジアで7位だとほんのりアピールしてますね。



到着です。受付で名前と国籍を書くとビジターカードがもらえます。入場無料。9階に進みましょう。

9階の受付でビジターカードを提示します。館内は撮影禁止です。



展示内容
人体博物館(Museum of Human Body)は教室2つ分のスペースでこじんまりとしていました。
圧倒的リアルな標本に言葉も出ず、この館内に自分だけだったら困るな…という内容です。
しかしこの時は小学生たちが大勢いて助かりました。そして欧米系の女性がそれぞれ一人ずつ。
標本は、かつて世界中で物議を醸した「人体の不思議展」などの巡回展やプラスティネーション技術に由来するものです。
当時は商業的なイベントとして倫理的な議論を呼びましたが、その後、教育や研究目的でチュラロンコン大学へと引き継がれました。現在は歯学部の厳重な管理のもと、医療教育や解剖学のための貴重な資料として命の尊厳を伝える静かな学びの場となっています。
展示されている標本の数
展示室全体で約130点以上の標本が保管されています。
- 全身標本: 13体(様々なポーズや特定の器官を露出させた状態で固定されています)
- 部分・器官標本: 100点以上(脳、心臓、消化器、神経系、血管網、胎児の発生過程など)
医学部だけでなく歯学部のビル内に設置されているため、頭蓋骨の内部構造、顎の骨と歯根の結合状態、顔面の神経・血管・唾液腺の走り方など、口腔領域の解剖標本が充実しています。
プラスティネーション技術を用いた常設の人体博物館は世界でも数少なく、教科書では伝わりきらない解剖学のリアリティを静かに観察できる点が最大の価値です。
まとめ
バンコクが誇る2つの解剖・人体博物館は間違いなくとんでもない強烈な体験でした。
人体の精巧さや命の重みを感じ、医学のためにご献体された方々への尊厳と敬意を深く学ぶことができました。しかしこの体験は人生で一度でいいと思いました。
それほど濃厚な展示で圧倒的な存在感があって色々考えさせられる経験でした。
日本ではできない貴重な体験です。
